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見える?見えない?「ガラスの天井」

JDIOダイバーシティシニアコンサルタント 油井文江

 「ガラスの天井」(Glass Ceiling)は、女性が向上することを阻む目に見えない天井を指します。ヒラリー・クリントン氏が、2016年の米大統領選で敗れ、「(大統領という最も高く硬い)ガラスの天井を破れなかった」とスピーチして一層知られるようになりました。

今の日本で言えば、企業の女性管理職が増えないことや、社会的地位の高い職業に女性の進出が進まないこと、また子育て中の女性が仕事で能力を発揮できないことなども、頭打ち、限界の意で「ガラスの天井」と言われたりします。背景に女性差別や無意識の偏見があるとされます。

 

 グラスのシーリングは、「見えないけれど確かに存在する」の意ですが、本当に見えないのかどうか。「見えていないことが見えない」だけなのではないか。

 例えば、仕事場面の目に見える制度や法律では、男女雇用機会均等法(1985年)に対応して生まれた「総合職・一般職」のコース分け。特に一般職の天井は最初から低くなりました。また同年に成立し、女性の非正規雇用化を進めた「労働者派遣法」。家庭を持つ女性の受け皿として、安い労働力供給の下地になりました。同じく同年に成立した主婦労働力へのインセンティブ施策「第3号被保険者制度」も、年収制限という頭がつかえる制度。これらの背景には、労働コストを抑える経済からの要請と差別構造の重なりが見えます。

また、目に見える就業の形態では、女性は事務補助中心の配置、お茶くみ・コピー取りは女性専科、育休復帰後の配属はマミートラック(子育て女性向けの定型業務コース)、離職したら正社員に戻れない(No return to regular)なども見える「ガラスの天井」形でしょう。

 

 天井には「見なかった」事柄が連なり合っています。つまり「ガラスの天井」は人の判断や選択により意識的に張られ、しかも制度や慣習という、ガラスより硬いコンクリートや岩盤に仕上がっている。

 一方、制度的に固化する背景には、男尊女卑の意識や性別役割分業意識が存在します。こちらは目には見えません。「男は仕事、女は家庭」、「男女には能力差がある」、「女は控えめに」などがこの範ちゅうです。

 こうしてみると、ガラスの天井の実体は、制度や慣習の断片の集積と、中心にある見えない差別意識に分解できます。見える制度と見えない意識が絡まり合い、支え合ってできた総体、それが「ガラスの天井」。

 そういえば冒頭のヒラリー氏は、夫のビル・クリントン氏が大統領選出馬のとき、「家にいてクッキーを焼くより、自分の職業を全うする」と発言して大バッシングを受けました(1992年)。内助の功に徹すべしと非難され、弁護士事務所や社会活動を辞することに。

 

 「いないいないばあ」は、赤ちゃんが大好きな遊びです。英語では「Peeka-boo(ピーカ・ブー)」。1歳くらいまでの赤ちゃんはモノが「見えなくなること」と「なくなること」の区別がつかないそうです。見えなくなったものは「消えた」と思ってしまう。ところが生後数か月たつと、「見えなくなっても隠れているだけで、そこにある」とわかるようになる。そこで、「いないいない」の後に「ばあ」と姿を現すと喜びや興奮を感じるのだそうです。

 「ガラスの天井」(Glass Ceiling)も、「見えない」と思っても「隠れているだけで、そこにある」。ある日「~ばあ」ときて腰を抜かさないよう、Glassを見える化しておきたい。